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高知地方裁判所 昭和48年(ワ)519号 判決 1977年10月04日

原告 高橋喜美子

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 藤原充子

被告 島崎コンクリート株式会社

右代表者代表取締役 島崎千年

右訴訟代理人弁護士 隅田誠一

主文

被告は原告高橋隆夫、同大野茂子に対し各金一六七万二、一九五円、同高橋喜美子に対し金六六万円及び原告高橋隆夫、同大野茂子に対する右金員の内金一五二万二、一九五円、原告高橋喜美子に対する右金員の内金六〇万円に対する昭和四八年一二月一九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告高橋喜美子に対し金二二〇万円及び右内金二〇〇万円に対する昭和四八年九月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被告は原告高橋隆夫、同大野茂子に対し各金八八五万四、二六一円及び右各内金八二五万四、二六一円に対する昭和四八年九月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

第一、当事者関係

一、原告高橋喜美子は、亡高橋直茂の内縁の妻、原告高橋隆夫、同大野茂子は右亡直茂の長男、長女である。

二、被告会社は、高岡郡佐川町においてコンクリートブロック製造販売を業とする会社である。

三、亡直茂は、昭和四八年九月八日当時被告会社の普通作業員として、被告の工場内でブロック製作用の千代田技研TX三型自動成型機(以下本件成型機と略称する)により、コンクリートブロックの製造に従事していたものである。

第二、労災事故の発生

一、事故の概要

亡直茂は、昭和四八年九月八日午前一一時すぎごろ被告工場内においてブロック製作の為、本件機械設備の自動取り出し口の作業踏台で作業中右機械の下にはさまれ(以下本件事故という)、頭部挫創、顔面挫創、左胸部挫創、前胸部挫滅創等の傷害を受け、即死した。

二、事故発生の状況

亡直茂は、本件機械設備の向って右側作業踏台に、左側作業踏台には訴外渡辺佐津子がそれぞれ立ち、右二人は同じ作業を訴外氏次経のスイッチ操作によってなしていたのであるが、亡直茂が面鉄板を押さえる作業を継続中に電気操作がなされた為、次のパレット押さえが下へ下りてきて、下りると同時に半回転を始めた為本件機械設備にひきこまれた。

右氏次は、前記作業踏台から約四~五メートル離れた位置にあって電気スイッチを操作していたが、亡直茂の前記作業中にスイッチを操作させたのでパレット押さえの部分が回転し、本件事故が発生したものである。

三、安全設備の欠陥

1  本件成型機の製造工程は、要約すれば、タンクホッパーから型にセメントが入りプレスする、一回止まる、作業員が面鉄板を伏せる、下ってからスイッチを入れると抑え爪が降り、面鉄板を押えると型が一八〇度回転し、バイブレーターが揺れてプレスされる工程が自動的に繰返される。

本件成型機は作業員が面鉄板を伏せてから後、スイッチが入ると抑え爪が降り、作業員に接近して型が一八〇度にわたり大きく回転を始める。

本件成型機には、原動機、回転軸、歯車等によって作業員に危険を及ぼすおそれのある部分があり、かつ、型そのものが一八〇度回転を開始すれば、停止させることが困難で、ピット内に落込んだ人間の救出に支障を及ぼす極めて危険な構造をもつ機械である。

2  かゝる危険性の高い成型機の設置、保存には生命身体等の危険発生を防止するに足る設備を有していなければならず、被告は本件事故当時かゝる設備を完全に設置していなかったから瑕疵がある。

因みに近時判例の傾向として、特に危険な工作物に関して損害発生を防止するに足る設備を有しないことに瑕疵ありとする例が多い(註釈民法(19)三一〇頁参照)。

3  本件成型機の作業にあたり、スイッチを入れてからの作業には作業踏台の高低によって影響があること(中越康男証言九丁裏)、回転を開始しても途中で完全にとまった場合、ピット内に落ちている人間には支障はない(同証言三三丁表)から、危急状態発生後速やかにかつ完全に非常スイッチを押して回転を停止させるか、もしくはピット内に人間が落ちれば自動的に電流が止まって、本件機械の動きが止まってしまうような何らかの停止装置と、救出の為の設備を設置する、もしくはピット内に作業員が落込まないよう安全な措置を講ずることが被告の作業員に対する安全性確保義務であり、それを果さないことが瑕疵である(註釈民法(19)三一一頁参照。例えば、電動式自動扉の場合、労働者が自由にスイッチを入れないようにするためのスイッチボックスに施錠がなく、扉に人がはさまれた場合には自動的に電流が止って扉の動きが止ってしまうような装置がないこと、スイッチが開と閉との間で一回、止にしなければ移ることが出来ないようなスイッチが用いられていたことは瑕疵ありとされている。京都地裁昭和四八年九月七日判決―労働災害実務ハンドブック、中央法規出版新川晴美弁護士編一五頁参照)。

第三被告会社の責任

一、民法第四一五条による責任

1(一)  事業所は労働基準法第四二条、労働安全衛生法に基づき、労働災害防止のための危害防止のために、安全な作業環境の形成、必要措置、安全衛生教育の実施等労働者を安全に保護すべき種々の措置義務を負っている。(労働安全衛生法第三条、同第二〇条、同第二四条、同第二七条、同第三五条等参照)

(二) 被告は、本件機械設備が合理化された高性能の土木用全自動成型機で、危険性をはらんだ新型機械設備であるから、亡直茂に対し安全な作業環境、危険防止措置のもとに作業せしむべき義務があるにもかゝわらず、起動スイッチの位置が適当でなく、照明設備も不十分で、かつ作業台と機械との間隔、高さが安全作業に適していない設備状況下で、亡直茂を不自然な姿勢で、成型機により作業を従事せしめたことは、被告の安全保護義務違反である(労働安全衛生法第一条参照)。

被告は、亡直茂を雇い入れた時には、従事する業務に関する安全衛生教育を行わなければならず(労働安全衛生法五九条一項)、特に、中高年令者その他、労働災害の防止上その就業に当って特に配慮を必要とする者の場合、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置義務がある(右同六二条)。

(三) 本件機械設備には原動機、回転軸、歯車等によって労働者に危険を及ぼすおそれのある部分があるから覆い、囲い、スリーブ等を設置しなければならない(右同第一〇一条)義務を有するにも拘わらず、被告会社はかゝる危険防止の措置を怠った債務不履行がある。

(四) また、本件機械設備は切断、引抜き、圧縮、打抜き等の加工をするものであるから、動力遮断装置を本件機械設備の作業者の作業位置を離れることなく操作出来る位置に設けなければならない(右同第一〇三条)義務を有するにも拘わらず、被告会社はかゝる危険防止の措置を怠った債務不履行がある。

(五) 更に、本件機械設備の作業場には、労働者が安全に作業すべき適当な作業踏台を設置しなければならない(右同第五四五条)義務を有するにも拘わらず、被告会社は亡直茂の身長に比べ不適当に高い作業踏台において作業に従事せしめた債務不履行がある。

(六) 仮に、亡直茂の不注意によって成型機が回転を開始した後、面鉄板を直そうとして機械の前面に出てきたとしても、被告会社としては、作業員に対する安全教育が十分でなかったこと、また、作業手順等について明確な基準も定めておらず、スイッチを入れる者と面鉄板を伏せる者との共同作業という極めて危険な配置のもとで三名作業を行わしめ、その結果として本件事故が発生したのであるから因果関係があり、被告会社が本件事故当時措置不可能な事情がない限り、使用者としての安全保障義務違反ありというべきである。

2  よって被告会社は、前記義務を懈怠して本件事故を発生させたのであるから、民法第四一五条に基づき本件事故によって亡直茂及び原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

二、民法七一七条による責任

被告会社は、本件機械設備の所有者でそれをその工場内敷地、もしくは建物に据えつけており、本件機械設備は土地の工作物である。

本件事故は前記のとおり被告会社が本件機械設備について、必要安全設備を設置、又は保存しなかったことにより発生したのである。

よって被告会社は、民法第七一七条に基づき亡直茂と原告らの損害を賠償すべき責任がある。

第四、原告らの損害

一、亡直茂の死亡による損害(逸失利益)とその相続

1  亡直茂は、昭和四八年九月四日被告会社に普通作業員として勤務し、昭和四八年五月において日給二、二〇〇円(乙第三号証の一)、同年九月において日給二、五〇〇円を得ていた(乙三号証の五)。

昭和五〇年四月一日以降は二四パーセント上昇となり、日給は三、一〇〇円となる(遺族年金の基礎となった基本賃金は、昭和五〇年三月三一日まで一〇〇パーセント、昭和五〇年四月一日以降現在までのスライド率は一二四パーセント、須崎労働基準監督署に対する調査嘱託の結果参照)。

そこで、亡直茂死亡後昭和五二年二月末までの逸失利益の計算は次の通りとなり、生活費三分の一を控除すると金一九八万円となる。

2,500円×25日×19ヶ月=(48.9~50.3)1,187,500円………(a)

3,100円×25日×23ヶ月=(50.4~52.2)1,782,500円………(b)

{(a)+(b)}×2/3=1,980,000円……(c)

2  次に、昭和五二年三月以降の逸失利益については昭和四八年度賃金センサス第一巻第一表のきまって支給する現金給与額により計算し、亡直茂死亡当時四七才、昭和五二年二月当時五一才、就労可能年数一六年、ホフマン係数一一、五三六であるから、次の通りとなる。

年間 1,369,000円×11.536=15,792,784円………(d)

(d)×2/3=10,528,522円………(e)

3  亡直茂の法定相続人は、原告高橋隆夫、同大野茂子であり、前記(c)及び(e)の計一二五〇万八、五二二円の二分の一にあたる金六二五万四、二六一円を各相続したものである。

4  ところで、交通事故訴訟については、かつて東京地裁民事交通部長であった沖野威判事が、昭和四九年三月に「東京地裁民事第二七部の交通事件損害賠償基準」を発表し、同年七月付判例タイムズ三一〇号五七頁以下に「東京地裁民事交通部の損害賠償算定基準と実務傾向」と題する論文を発表以来、交通事件訴訟実務はおおむねこの基準を参照にして運用されてきている。

この基準は、昭和四八年一二月一日以前に発生した事故についても同様であるとされている(同右六八頁)。また、逸失利益の算定についても次のように指摘している(六〇頁三段目(2)以下)。

「賃金センサスを用いて死亡時又は後遺障害固定時以降の逸失利益を算定する際……死亡時等後の労働能力の向上に伴う賃金増額(昇給)、貨幣価値の低落に伴うインフレーションによる賃金増額(ベースアップ)をも逸失利益の算定に見込むべきであるか否か、これを肯定するとして、いかなる程度に見込むべきであるか……東京地裁民事交通部では弁論終結時説ないし判決言渡時説をとることにつき殆ど異論をみない」

従って、本件労災事故について亡直茂の逸失利益を計算する際に、現時点での賃金給与ベース、一般労働者の平均賃金が基準とされなければならない。

二、慰謝料

亡直茂は、健康な男子で、家庭は、実母、妻、長男である原告隆夫夫婦と孫一人と同一世帯で、一家の精神的経済的な支柱であった。

妻である原告喜美子は、亡直茂と昭和二九年一一月二〇日婚姻届出、昭和四五年九月九日協議離婚をしたが、昭和四六年四月中ころ子らのすゝめもあって復縁し、夫婦として生活を共にしており婚姻の届出をなそうとしていた矢先、直茂が本件事故により死亡した。

原告隆夫は、亡直茂の就職以前から被告会社に運転手として勤務していたが、父の本件事故による死亡で非常なショックを受け退職した。原告大野茂子は、亡直茂の長女で父を本件事故により一瞬の間に失ったことの精神的打撃は大きい。しかも被告会社は本件事故後、なお十分な安全対策を講じなかったから昭和四八年一一月一〇日午後四時三〇分ころ本件事故と同一状況で労働災害が発生し、訴外山下正が本件機械設備に引き込まれる事故を惹起したのである。

被告会社は、本件事故による賠償としては原告らに金一〇万円を支払ったのみで、誠意がない。

右各事情を考慮し、各原告の慰謝料として次の金額が相当である。

(1)原告 喜美子   金二〇〇万円

(2)原告 隆夫   金二〇〇万円

(3)原告 茂子   金二〇〇万円

三、弁護士費用

被告会社は、原告らの損害について、任意の弁済に応じないので藤原充子弁護士に本訴を委任し、報酬として判決認容額の一割を支払う旨約した。即ち、原告喜美子は金二〇万円、原告隆夫、同茂子は各金六〇万円合計金一四〇万円となり、本件事故と相当因果関係ある損害として被告会社に請求する。

第五、請求

以上により、原告らは被告に対し、損害賠償として、次のとおり請求する。

1  原告喜美子は、金二二〇万円と、右のうち弁護士費用二〇万円を差引いた金二〇〇万円に対する亡直茂死亡の後である昭和四八年九月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金。

2  原告隆夫、同茂子は各金八八五万四、二六一円と右のうち弁護士費用各金六〇万円を差引いた金八二五万四、二六一円に対する亡直茂死亡の後である昭和四八年九月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金。

第六、被告の主張に対する反論

一、本件成型機について

1  設置時期

昭和四八年八月上旬ころより、被告工場内において設置工事を開始し、八月一六日試運転を行い、高知県で初て設置された全自動土木用成型機(千代田技研DX三型)である。

なお、本件事故は試運転後一か月以内に発生した。

2  製造工程

① 本件成型機上方のタンクホッパーから、型にコンクリートを流し込み、プレスする。

② プレスされた型の上面に、作業員が面鉄板を伏せ、作業員は機械から離れる。

③ 次に起動スイッチの自動スイッチを入れると、機械上部より抑え爪がおり、面鉄板をおさえると、型が一八〇度反転する。

④ 反転したまゝ型に振動を加え、爪を引きながらブロックを締め固め、抑え爪を降しながら成型したブロックを搬送レール上に降ろすと、マイクロモーターが始動し、後方送りチェンコンベアーで成型したブロックを取り出し口へ送り出す。

⑤ 次に、その抑え爪は、おりたまゝで一八〇度反転(正転)し、前記①の状態に戻る。

⑥ 次に、タンクホーパーがせり出し、型にコンクリートを流し込み、同時にタンクホーパーが元の位置に戻り、プレス板が降り、プレスした後元の位置に戻る。

3  規模並びに特徴

本件成型機は、土木工事に活躍する土木用コンクリートブロック成型機であるが、機械寸法は、巾二、二メートル、長さ二、七メートル、高さ二、四五メートル、重量三五〇〇キログラムあり、所要馬力は型枠振動機五、五キロワットモーター二台、パワーユニット三、七キロワットモーター一台、エアーコンプレッサー二二キロワットモーター一台、送りコンベア〇、四キロワット一台、パレー〇、四キロワット二台あり、振動機は型枠に直結し、機構は全自動反転方式である。

製造能力は、毎時二箇取りで三〇〇ないし四〇〇箇であり、ワンタッチ操作方式で熟練を要しないが、成型サイクルが短縮され、生産率が高いものである(乙一号証)。

このように、省力化、合理化された高性能の土木用全自動成型機であって、被告会社は労働基準法八条一号所定のいわゆる適用事業である。

4  本件事故当時の設備状況

① 金網設備はなかった。

② 本件成型機と作業台との間隔は、向って右方は、六一、五センチメートル、左方は五八、五センチメートルであった。

③ 作業台の高さは、ブロック三箇(四七センチメートル、但し実況見分調書によれば五〇センチメートル)を積み重ね、その上に作業台をのせていた。

④ 起動スイッチは、作業台の北東部のコンクリート壁に設置してあった。

⑤ 作業台の上方に照明設備(螢光灯二基)はなかった。

5  本件事故後改善箇所

① 金網設備を設置した。

② 作業員の作業台と本件成型機との間隔を右方の六一、五センチメートル、左方の五八、五センチメートルをそれぞれ二五センチメートルに縮少した。

③ 右作業台の高さは、ブロック一箇(二五センチメートル)にして低くした。

④ 右作業台の巾を広げた。

⑤ 起動スイッチは作業台の直ぐ東方に移し、コンクリート壁からポール上に設備し、あらためて「確認」と標示した。

⑥ 作業台の上方に照明設備(螢光灯二基)を設けた。

6  労働基準監督署指摘の違反事項

(一) 本件事故後、労働基準監督署は災害調査の結果、被告会社に対し次の通り違反事項を指摘し、使用停止等命令がなされた(甲一号証)。

① 事業場内に設けたスイッチ類については、突出していない構造のものとすること。

② 面鉄板取扱い労働者に対し、安全靴を着用させること。

③ 本件成型機の操作盤は、もう少し後方に寄せ操作中に機械に触れないようにすること。

④ 本件成型機と作業台の間の側方を囲うこと。

⑤ 作業標準を定め、労働者に周知徹底さすこと。

原則として、複数の作業は行わないこと。

(二) しかし、本件事故後二か月経過した昭和四八年一一月九日被告工場において同様な災害事故が発生し(被害者山下正)、労働基準監督官は被告に対し、設備並びに作業方法の改善を指示し、改善計画書の提出を命じた(甲九号証)。

右改善措置命令の内容は次の通りである(甲一〇号証)。

① 本件成型機の業務は一人で実施すること。

② 成型機前面に安全装置を取付ける方法について計画すること。

③ 労働者に対し、作業に適した安全教育を実施する計画をすること。

④ 改善計画書は、具体的詳細に樹立し、昭和四八年一二月二〇日までに提出すること。

二、労災においては、過失相殺は妥当ではない。

右のように、人間にとって生命と健康は最も基本的根源的な権利であり、労働者の生命と健康は労働契約(雇傭契約)関係存立の最低限の前提条件といわなければならず、かつ、一方で企業(使用者)は労働者に対し優越的地位にあり、危険有害な諸施設に対し支配権をもっており、他方で労働者は企業に従属的地位にある。

右の関係は、実質的に対等の地位になく、労働者は人格的意思主体を喪失して、企業に従属している。

従って、使用者である企業は、労働者に対して個々の労働者の偶発的な不注意をも予測して不可抗力以外の労災死傷事故を防止するための万全の措置をこうずべき安全保護義務を負担している。しかも、この安全保護義務は、人間にとって最も基本的、根源的な生存の為の権利であり、生命と健康を守り労災事故を防止するために基本的、絶対的なものである。

仮りに企業に従属した労働者に労働力提供過程において「不注意」現象が存在したとしても、自殺行為でもない限り、それは人間であるかぎりさけられない自然的生理現象であり、かつ使用者による安全保護義務不履行の結果である。決して「被害者が自己に対してより忠実な態度を選び得た」ということはできず、それは、「社会的に非難さるべき過失」ということはできない。

従って、労災においては労働者の「不注意」が仮りに存在したとしても、使用者の安全保護義務に対比して、それは「軽微」というべきであり、使用者の安全保護義務違反に吸収され、過失相殺の対象とされるべきではないのである。

企業の側に基本的絶対的な安全保護義務違反がある場合であって、加害者が労働者に比し優越的地位にある場合に労働者の「不注意」をことさら問題とし、社会的に非難さるべき「過失」として過失相殺を行うことは、「社会における損失の公平妥当な分担」ということはとうていできない。(池田直規「労災事故に過失相殺は許されるか」(総評弁護団会報九七号)、岡村親宜「労災における企業責任論」(季刊労働法八二号五四頁)参照)。

三、損益相殺の主張について

亡直茂の労働者災害補償保険遺族年金の受給権者は高橋喜美子(内縁の妻)のみである。

右遺族年金は、労働者の被った財産上の損害の填補の為にのみなされるのであって、精神的損害の填補の目的を含むものではない。即ち労災法は生活保障を目的とするから、財産的損害を填補することにはなっても、慰謝料については同条項の損害賠償には含まれないこと最高裁判決の判示の通りであるから、原告高橋喜美子の慰謝料から損益相殺は許されない(最判昭和四一年一二月一日判決、判例時報四七〇号五八頁参照)。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一のうち一記載の事実は不知、二、三記載の事実は認める。

二、同第二のうち一記載の事実は認める。二記載の事実のうち、亡直茂が本件成型機の向かって右側作業踏台に、訴外渡辺が同左側踏台にそれぞれ立ち、二人は同じ作業を、訴外氏次のスイッチ操作によって為していたことは認めるが、その他の事実は争う。三記載の事実も争う。

三、同第三記載の被告会社の責任はいずれもこれを否認する。

四、同第四記載の事実中、直茂の事故当時の日給が金二、五〇〇円であったこと、被告が原告らに香典として金一〇万円を支払ったこと及び原告らが本訴の追行を藤原弁護士に委任したことは認めるがその他の事実は争う。

五、本件死亡事故は昭和四八年九月八日被告工場内に設置せられた本件成型機により、ブロック成型作業に従事していた訴外高橋直茂の最も初歩的、かつ、基本的な注意を怠った重過失によるもので、被告会社には責任はない。即ち、

1  事故当時、亡直茂と渡辺の両名が面鉄板を伏せ、氏次がスイッチ操作に当っていたが、その作業手順は、亡直茂、渡辺の両名が面鉄板を伏せて安全圏内に後退したうえ、先ず、本件成型機に向かって右側の亡直茂が「よし」と合図し、これを受けて渡辺も又「よし」と合図を返し、次いで渡辺が氏次の方に向って「よし」と声を掛ける、氏次はこの渡辺の合図により安全を確認したうえ電気スイッチを押すわけであるが、スイッチを作動すれば、パレット押え装置兼用のエレベーターが自動反転を開始して危険であるため、たとえ、面鉄板が完全に伏せられていないことに気付いても絶対に本件成型機に近寄ってはならない旨、かねてよりたびたび注意されていたにもかかわらず、亡直茂がこれを怠り、面鉄板を伏せた後、後退して自から「よし」と合図を送り、これを受けた渡辺が前記の手順に従って氏次に合図し、氏次が右両名の安全圏にいるのを確認して起動スイッチを押した直後頃、亡直茂は面鉄板を手直ししようとして機械に近づいたため、反転するエレベーターに巻き込まれ、これに気付いた氏次がピット内に飛び込んで引き出そうとしたが間に合わず、搬送用レールとの間で圧死するに至ったものである。

2  右の事故に際し、これに気付いた氏次が直ちに非常スイッチを押して電源を切れば直茂の死は免れ得たのではないか、との説があるが、氏次証言でも明らかなとおり、同人が事故に気付いた時点では、亡直茂はすでに搬送レール上に倒れ込み、エレベーターは反転を開始して半分位降下していたのであるから、その時点で電源を切ってもエアーコンプレッサーの働きでパレット押えは降下するのであるから結果は同じである。このことは二か月後に発生した同一原因による山下事故の際、非常スイッチを切っても機械の回転は止まらず、ショウレン(鉄の棒)を差し込んで僅かにその降下を防ぎ山下の死に至るのを辛じて食い止め得た事実に照らしても明らかである。

六、1 原告は、本件成型機は型が一八〇度回転すれば停止させることが困難で、ピット内に落ち込んだ人間の救出に支障を及ぼす極めて危険な機械であるから、被告はこれが危険を防止するに足る設備をなす義務がある旨、抽象的な主張をなし、近時の判例の傾向として、註釈民法(19)三一〇、三一一頁を引用している。然しながら本件成型機の操作は極めて簡単明快で、熟練を要せず、かつ、初歩的、基本的な注意を欠きさえしなければ何等の危険を伴うものでもなく、(いかに精巧な機械でも又、原始的な道具でも、基本的な操作を誤り或は初歩的な注意を欠けば全て危険である。)右註釈民法例示の感電死と直結する高圧線・漏電防止設備等とはその質を異にするものである。

2 また、原告は本件成型機につきピット内に作業員が落ち込まないよう安全な措置を講ずる義務がある旨主張するが、検証の結果等からも明らかなように、本件成型機の構造上それは不可能である。従って本件事故等の調査を担当した労働基準監督署もそのような是正勧告等は一切していない。

3 更に原告は、ピット内に人間が落ちれば自動的に機械の動きが停止する装置とこれを救出する設備をなす義務がある旨主張するが、さようなことが技術的に可能であるかどうかは知らないが、いずれにしてもそのようなことは被告の責任分野に属するものではなく、右機械のメーカーに与えらるべき課題である。従ってこれらの点についても基準監督署の是正勧告書には何等触れるところがない。

4 原告は、起動スイッチの位置不適当、照明設備不十分、作業台と機械との間隔、高さ不適当、安全衛生教育、適正配置義務等の点について、被告には安全保護義務違反があるから、債務不履行の責任を免れない旨主張するけれども、当時の作業員や工場幹部らの証人調べの結果に照らしてもそのような事実は認められないし、また、原告のこれらの主張はいずれも本件死亡事故の発生とは何らの因果関係もない。

5 原告は本件成型機は土地の工作物である旨主張するけれども、大審院大正一年一二月六日の判決は工場内に据付けた機械は土地の工作物ではない旨判示しているし、また、右機械は自動成型機として本来備えているべき性質、設備等は勿論、その他の安全装置等についても何ら欠くるところはなかった。

七、損害についての仮定的主張

1  逸失利益について

(一) 原告は亡直茂が年間月二五日の割合で稼働することを前提として計算しているけれども、亡直茂は昭和四八年度においても五月一日から八月末日まで四か月間欠勤したばかりか、同年九月も本件事故発生日である同月八日までの間一日は土曜日であるから勤務日は七日あるにもかかわらず、その間僅かに四日しか稼働していないような実態であるから、多くとも月二五日の割合で年間八か月稼働を前提として逸失利益を計算すべきものである。

(二) 原告は昭和五二年二月末日までの逸失利益の計算につき、昭和四八年九月分をも月二五日の割合で計算しているが、同月八日までの現実の稼働四日間の給料は支払われているし、また、同月九日は日曜日でそれ以後の勤務日も同月は一八日に過ぎない。

(三) 原告は昭和五二年三月以降の逸失利益につき、昭和四八年度の賃金センサスによる男子五一才の平均賃金額年間金一三六万九、〇〇〇円を基準としているが、亡直茂は現に死亡当時においても日給金二、五〇〇円、その後スライド率を乗ずるも、日給金三、一〇〇円、仮に月二五日の割で一二か月稼働したとしても年間金九三万円に過ぎないのであるから当然現実の給与額を基準とすべきである。

(四) また、原告は死亡当時四七才であったから、就労可能年数一六年、ホフマン係数一一・五三六として計算しているが、昭和五二年二月末日までの分を中間利息を控除せずに別途計上している以上、昭和五二年三月現在を基準として、その後の就労可能年数一二年、ホフマン係数九・二一五として計算すべきである。

(五) 逸失利益に対する遅延損害金の起算日も、事故の翌日ではなく、昭和五二年三月一日となるべきものである。

(六) また、原告は沖野判事の説を援用して、死亡後の労働能力の向上に伴う賃金増とインフレーションによるベースアップをも見込むべきである旨主張するが、直茂のようなすでに五〇才を超える者については(昭和五二年三月現在)もはや労働能力の向上は期待し得べくもなく、逆にその能力の低下に伴う収入減が待ち受けているのみである。(甲一七号証参照)

2  過失相殺並びに損益相殺について

(一) 本件事故につき仮に何らかの意味で被告会社に責任があるとしても、本件事故発生の決定的な原因が亡直茂の前記重過失にあることは動かし難い事実であるから、損害の算定に当っては十分これを斟酌すべきもので、その割合は少くとも八割以上は亡直茂にあると解すべきである。

また、原告は「労災においては過失相殺は妥当ではない」旨主張し、その根拠としてるる陳述しているけれども、その言うところは、いずれも特定の立場に立ち、労災については民法上も特別扱いをすべきものとする偏頗なためにするこじつけであり、労災防止のためには、労働者をも含めた関係者全体がその目的に沿って行動しなければならないことを考えると(労働安全衛生法第四条参照)到底とるに足らないものと考える。(民法七一七条と過失相殺との関係については、加藤一郎法律学全集22一九七頁、注釈民法債権10三一二頁参照)

(二) 亡直茂の死亡によりその遺族は遺族年金として昭和五一年一一月までにすでに金三七万二、〇七三円を受給しており、今後も年額金七八万九、二〇〇円の割合による年金が支給されるのであるから、これらの年金は原告らの損害額と損益相殺さるべきである。

(三) 原告喜美子は亡直茂の配偶者ではなく、その主張によるも内縁の妻に過ぎないのであるから、民法第七一一条の文理上からも独自の慰謝料請求権はない。

なお、債務不履行については民法の体系上からも第七一一条の適用や準用はないものと考える。

(四) 仮に原告ら三名にいずれも慰謝料請求権があるとの説にたっても亡直茂との身分関係の実態に照らすと、原告らの慰謝料は各金一〇〇万円までが相当と解され、結局、前記の遺族年金と損益相殺すれば残余はないはずである。

3  労働基準法第八四条第二項について

(一) 右条項は畢竟公平の理念に基づき、災害補償が労働者の被った損害を填補するという実質を重視したことから帰結する当然の事理を宣明したものというべく、その拠って立つ理念に照らすと「同一の事由」は「同一の災害による損害」賠償の免責と解すべきであるから、遺族補償費が受給者の損害賠償債権額を超過する場合は、その超過部分につき、他の損害賠償請求権者に対しても按分して免責させるのが公平に合するわけで、このことは使用者の慰謝料支払いの義務の免責についても同様である。

(二) 仮に右法条につき前項の記載と異なる説を採るとしても、遺族補償費及びその金額が、慰謝料の算定に当り十分斟酌すべき事情であることについては異論はない(大阪高判昭和二九年九月二九日、東京高判昭和三〇年一一月九日等)のであるから、いずれにしても原告らの慰謝料請求権は零ないしは名目賠償の域にとどまるのが公平の理念に合致するものというべきである。

《証拠関係省略》

理由

一、事故の発生

被告はコンクリートブロック製造販売を業とする株式会社であり、訴外高橋直茂はその従業員であったが、昭和四八年九月八日午前一一時すぎころ、高岡郡佐川町丙三、六三〇番地の被告工場内において、右直茂が本件成型機の自動取り出し口の作業踏台で作業中、右機械の下にはさまれ、頭部挫創、顔面挫創、左胸部挫創、前胸部挫滅創等の傷害をうけ、即死したことは当事者間に争いがない。

二、事故発生状況

《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  本件成型機は昭和四八年八月上旬より、被告工場内において、設置工事を開始し、八月一六日試運転を行ない、高知県で初めて設置された土木用コンクリート成型機であるが、機械寸法は、巾二・二メートル、長さ二・七メートル、高さ二・四五メートル、重量三、五〇〇キログラムであり、所要馬力は型枠振動機五・五キロワットモーター二台、パワーユニット三・七キロワットモーター一台、エアーコンプレッサー二二キロワットモーター一台、送りコンベア〇・四キロワット一台、パレー〇・四キロワット二台あり、振動機は型枠に直結し、機構は全自動反転方式である。

製造能力は、毎時二箇取りで三〇〇ないし四〇〇箇であり、ワンタッチ操作方式で熟練を要しないが、成型サイクルが短縮され、生産率が高いものである。

2  本件成型機の製造工程は次のとおりである。

①  本件成型機上方のタンクホッパーから、型にコンクリートを流し込み、プレスする。

②  プレスされた型の上面に、作業員が面鉄板を伏せ、作業員は機械から離れる。

③  次に起動スイッチを入れると、機械上部より抑え爪がおり、面鉄板をおさえると、型が一八〇度反転する。

④  反転したまゝ型に振動を加え、爪を引きながらブロックを締め固め、抑え爪を降しながら成型したブロックを搬送レール上に降ろすと、マイクロモーターが始動し、後方送りチェンコンベアーで成型したブロックを取り出し口へ送り出す。

⑤  次に、その抑え爪は、おりたまゝで一八〇度反転(正転)し、前記①の状態に戻る。

⑥  次に、タンクホッパーがせり出し、型にコンクリートを流し込み、同時にタンクホッパーが元の位置に戻り、プレス板が降り、プレスした後元の位置に戻る。一工程の所要時間は約二五秒である。

⑦  抑え爪機構がおり切ったときの位置はその最先端からピットの底辺までの距離は約三四センチメートルである。

3  本件事故当時の設備状況は次のようになっていた。

①  本件成型機の東西の側面を囲う金網設備はなかった。

②  本件成型機と作業台との間隔は、向って右方は六・一五センチメートル、左方は五八・五センチメートルであった。

③  作業台の高さは、ブロック三箇(約五〇センチメートル)を積み重ね、その上に作業台をのせていた。

④  起動スイッチは、作業台の北東部のコンクリート壁に設置してあった。

⑤  作業台の上方に照明設備はなかった。

4  亡高橋が面鉄板を伏せる作業に従事したのは、事故前に三日間位であったが、工場長である訴外氏次経は面鉄板を伏せて一旦さがってからは少々のくい違いがあっても危いから前に出るなと再三注意していた。

5  被告工場では、昭和四八年八月に本件成型機が使用されるようになってから本件事故が発生するまで二人ないし三人で本件成型機の作業に従事して来た。

6  事故当日午前九時ころから作業がはじまり亡高橋は本件成型機に向って右側、訴外渡辺佐津子は左側で振動機に片足をかけて面鉄板を伏せる作業に従事していた。事故発生の少し前である午前一一時前ころから工場長であった訴外氏次経が製品の出来上り具合を監督かたがた右渡辺に代って起動スイッチを操作することになった。二人は面鉄板を型枠の上に伏せ、それから機械を離れ、踏台の後半部の面鉄板の積み重ねてある位置あたりまで後退してから亡高橋が「よし」、渡辺佐津子が約一・三メートル左後方にいた工場長であった訴外氏次経の方に身体をひねって「よし」と声をだして合図したのでこれを聞いた右氏次経が起動スイッチを押した。そして製品の確認をするため、本件成型機の下の方を見たところ亡高橋が、ピット内に落ち込んでいるのを発見した。その時はパレットが反転し、抑え爪がおりる寸前のところであった。訴外氏次経は亡高橋を助け出そうとしたところ、パレットの抑え爪に左大腿部をおさえつけられ左脛骨々折等の重傷を負った。訴外氏次経は事故当時非常スイッチを押していないが、仮に非常スイッチを押していても右のような状態の場合には本件成型機の回転は停止せず、一旦下りてしまうまでとまらない仕組みになっている。

7  訴外山下正は本件事故後の昭和四八年一一月九日に訴外小野と二人で面鉄板を伏せる作業に従事していたところ、訴外山下は面鉄板をかぶせて後に下り「よし」という合図をした後で、面鉄板がうまくかぶさってないのに気付いたので、思わず手を出して直しに行ったところ機械にまきこまれたが傍にいた者が鉄の棒で機械の回転をとめたため怪我の程度ですんだ。

右認定事実からすると、亡高橋は面鉄板を伏せて後に下り「よし」という合図をし、訴外渡辺佐津子も「よし」という合図をしたのでこれを聞いた訴外氏次経が起動スイッチを押したことが認められる。そして亡高橋がそのまゝ作業台の前の方に行かなければ、本件成型機に巻き込まれることはありえないのであるから亡高橋は何らかの目的で、恐らくは面鉄板を伏せ直すために前に出たため回転して来た本件成型機に巻きこまれ死亡するに至ったものと推認せざるを得ないところである。

三、被告の責任

1、原告らは被告には安全保護義務違反があるから債務不履行責任を免れないと主張するので検討する。

(一)  原告らは起動スイッチの位置不適当、照明設備不充分、作業台と機械との間隔及び高さ不適当等の点について、被告には安全保護義務違反がある旨主張するけれども、本件事故の発生原因は前認定のとおり亡高橋が面鉄板を伏せて一旦後に下がったのに再び前に出ていったことに起因すると認められるから原告らのこれらの主張はいずれも本件事故の発生とは因果関係が認められないからこの点に関する原告らの主張は理由がない。

(二)  次に原告らは本件成型機は新型機械設備であるから特に労働者に対し機械等の危険性、安全装置の取扱い方法、作業手順に関し、安全衛生教育等を実施しなければならない義務を有するにも拘らず被告会社は亡直茂に対し充分な安全衛生教育をしていなかった債務不履行がある旨主張する。

前記認定事実によると亡直茂が面鉄板を伏せる作業に従事したのは事故前僅か三日間位であり、右主張のような充分な安全衛生教育を実施した形跡は認められない。また亡直茂は被告会社の工場長らより起動スイッチが押された後は面鉄板が完全に伏せられていないことに気付いても絶対に本件成型機に近寄ってはならない旨注意をうけていたとしても、一方では面鉄板を完全に伏せなければ良い製品ができないから注意するよう指導をうけていたことは容易に推認されるところであるから初歩的な注意とはいうものの、つい一旦後に退がってからも伏せ直すために再び前にでる過ちをおかし易いものであり、しかも一度間違うと生命にかかわるだけに被告会社としては亡直茂に対し或程度の期間をかけて充分な安全衛生教育を施すとともに、作業標準を定めて、複数の人間で本件成型機の操作をすることは危険であるから、原則として一人で作業することにするとか、起動スイッチを押す者を指名する等の措置をしておれば本件事故発生を防止出来たものと認められる。これらを怠った被告会社は民法第四一五条により本件事故によって原告らが被った損害を賠償する責任がある。

四、過失相殺

前記のように被告会社には債務不履行があるが、亡直茂としても面鉄板を伏せて一旦後に退がって「よし」と合図した場合には起動スイッチが押されるから絶対に本件成型機に近寄ってはならないのに、面鉄板が正しくのっていないことから再度本件成型機に近寄った重大な過失があり、右過失が本件事故発生の一因をなしたことは明らかであるから後記損害額のおよそ七割を過失相殺するのが相当である。

五、原告らの損害

1  亡直茂の逸失利益とその相続

(一)  《証拠省略》を総合すると、亡直茂死亡後から昭和五二年二月末までの逸失利益の計算は亡直茂の一か月の就労日数を二〇日(但し昭和四八年九月の就労日数は二〇日から既に支払済の四日分を除いた一六日間となる)とすることが相当と認められるほかは原告主張のとおりであることが認められる。従ってその間の亡直茂の逸失利益は次式のとおり金一五七万七、三三三円になる。

2,500円×20×18=900,000円…………(a)

2,500円×16=40,000円………………(a)'

(48年9月から50年3月末まで)

3,100円×20×23=1,426,000円………(b)

(50年4月から52年2月末まで)

{(a)+(a)'+(b)}×2/3≒1,577,333円……(c)

(二) 次に亡直茂の昭和五二年三月以降の逸失利益については、亡直茂の昭和五二年三月の日給は金三、一〇〇円、年額金七四万四、〇〇〇円と推認される。そして昭和五二年三月現在を基準とすると、亡直茂のその後の就労可能年数は一二年、ホフマン係数九・二一五となるから次式のとおり計金三〇七万三、九八六円となる。

744,000円×9.215=6,855,960円……(d)

(d)×2/3=4,570,640円…………………(e)

(三) 前記四の負担割合によると、被告は前記(c)及び(e)の計金六一四万七、九七三円のうち金一八四万四、三九一円を負担すべきである。

(四) 《証拠省略》によると、亡直茂の法定相続人は、原告高橋隆夫、同大野茂子であることが認められるから原告両名は右金一八四万四、三九一円の二分の一にあたる金九二万二、一九五円をそれぞれ相続したことになる。

2  慰謝料

《証拠省略》によると、原告らと亡直茂との身分関係は原告ら主張のとおりであり、前認定の本件事故原因、亡直茂の過失、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては原告ら三名につき各金六〇万円をもって相当と認める。

なお、原告高橋喜美子は労災法による遺族年金の支給をうけていることは争いはないが、被告主張のように原告高橋喜美子につき超過部分が生じたとしても原告高橋隆夫、同大野茂子に対しても按分的に免責されるものとは解せられない。

また遺族補償費が支給された場合でも遺族は別に使用者に対し不法行為による損害賠償としての慰謝料を請求することができるから原告らの慰謝料と損益相殺することも許されない(最高裁昭和三七年四月二六日判決参照)。

従って被告の右主張は採用できない。

3  弁護士費用

《証拠省略》によると、被告は任意の弁済に応じないので、原告らは本訴提起を原告訴訟代理人に委任し、報酬として認容額の一割相当額の支払を約していることが認められるが、事案の難易、認容額等の諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係あるものとして被告に請求しうべきものは、原告高橋隆夫、同大野茂子につき各金一五万円、原告高橋喜美子につき金六万円をもって相当と認める。

4  以上により原告らの被告に対し請求しうべき損害賠償額は原告高橋隆夫、同大野茂子につき右1の(四)、2及び3の計金一六七万二、一九五円、原告高橋喜美子につき右2及び3の金六六万円になる。

六、結論

よって、原告らの被告に対する本訴請求は右五の4掲記の各金員及び原告高橋隆夫、同大野茂子に対する右金員の内金一五二万二、一九五円、同高橋喜美子に対する右金員の内金六〇万円に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四八年一二月一九日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青山高一)

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